アーティスト・マドンナの生き方・生い立ち|世界的お騒がせ女性!?

アーティスト・マドンナの生き方・生い立ち

「ホリデイ」「ラッキースター」などをはじめとする数えきれないほどのヒット曲で知られるマドンナ。今回は彼女の「曲」ではなく、生き方・生い立ちに焦点を当ててじっくりと解説していきます(曲抜きでも長文になるのですから驚きです)。
マドンナの年齢別に追っていきますが、歌手デビューする前から才能を見せています。

目次

マドンナとは?|生き方・生い立ち紹介の前に

マドンナはアメリカのシンガーソングライターです。「世界一成功した女性ミュージシャン」とされており、「一番売れたアーティスト」としても知られています。
通称「クイーンオブポップ」。

もちろん歌手として超一流であるマドンナですが、その「生き方」も非常に劇的で、「お騒がせ有名人」とも言われています。
ここではそんなマドンナの「生い立ち・生き方」について紹介していきます。

※「マドンナの曲」にフォーカスした別記事もあります。ぜひご覧ください。

マドンナの生き方・生い立ち|10代以前は?

少し特殊な生い立ちのマドンナ。
10代以前の日々が、その後の彼女自身の人生に大きな影響を与えていそうです。

5歳で母が死去

マドンナは1958年8月16日、ミシガン州生まれ。フランス系カナダ人とイタリア系移民の父母を持ち、本人は6人きょうだいの3番目。
ちなみに本名はマドンナ・ルイーズ・ヴェロニカ・チッコーネ。

マドンナの母は5歳で死去。
父親はその後別の女性と結婚しますが、最愛の父と血の繋がらない母親との関係性に複雑な感情を抱きながら成長していきます。

マドンナの生き方・生い立ち|10代でスターの片鱗が見える!?

早くも才能を見せ始めるマドンナ。
ただし、意外と苦労人です。

11歳でダンスの練習を始める

マドンナは11歳からダンスのトレーニングを始めました。

小さい頃から目立ちたがり屋で、高校生になると演劇とチアリーディングに打ち込むようになります。
それでいて勉学でも手を抜かず、遊びにも全力で取り組みました。
マドンナの何事にも真摯な姿は多くの人を魅了し、注目されることとなりました。

19歳でニューヨークへ

成績優秀だったマドンナは奨学金制度を利用して大学に入学。
ですが、夢を叶えるために18か月ほどで中退しました。

19歳の頃にはスターになるべく、たった一人でニューヨークへ。そのときの所持金はわずか35ドルだったそう。
デビュー前は時給1.5ドルのウエイトレス、ドーナツ屋のスタッフ、ヌードモデルなどの仕事をして暮らしていたということで意外と苦労人。

マドンナの生き方・生い立ち|20代で歌手デビュー!芸能人として飛躍!

いよいよタレントデビュー。
しかし案外長い下積み期間。

23歳でヴォーカル・デビュー!

23歳でレコード会社と初めての契約を結びます。
ファーストシングルの「エブリバディ」、26歳でリリースした「ライク・ア・バージン」、翌年の「マテリアル・ガール」などで、「歌手マドンナ」の名が広く知れ渡ることになります。

そんなマドンナですが、食事はほとんどヨーグルト、りんご、バナナのみで済ませ、空いている時間はほぼダンスレッスンに明け暮れていたそう。
19歳でニューヨークに渡ったことを考えると、いわゆる「下積み時代」が意外と長かったと言えるでしょう(もちろんもっと下積みをする人もいますが、マドンナにしては長いですよね)。

27歳で女優デビュー

映画「マドンナのスーザンを探して」にて27歳で女優デビュー。
それから5年後の「ディック・トレイシー」など比較的ハイペースで女優活動をしましたが、彼女の音楽ほどは評価されませんでした。
評価されないどころか「ゴールデンラズベリー賞(その年最低の映画を決める賞)」に何回か選出されることに……。

ですが、1996年のミュージカル作品「エビータ」ではマドンナの歌唱力が存分に発揮され、ゴールデングラブ賞を受賞。
女優としても花開くこととなります。

女優活動についても「下積み時代」が長かったのはある意味でマドンナらしいですね。

27歳で結婚

27歳の誕生日には俳優のショーン・ペンと結婚。
世界中から祝福されましたが、3年で離婚します。
マドンナはその後も恋多き人生を送ります。

マドンナの生き方・生い立ち|30代で出産、カバラ教への目覚め

30代くらいからプライベートでも世間を大いに騒がせるようになります。

38歳で長女を出産

ショーン・ペンを離婚してから、その頃恋人だったカルロス・レオン(マドンナのパーソナルトレーナー)との間に子どもが生まれました。
マドンナは未婚のまま出産し、それからおよそ半年後にはカルロス・レオンと別れてしまいます。

ちなみにこのとき生まれたローデスは英才教育を受け、才女として成長しました。フランス語を自在に使いこなします。

38~39歳:カバラ教への目覚め

マドンナは「ユダヤ教徒でもクリスチャンでもない」と公言していました。
ですが、長女の妊娠中に健康のために始めたヨガをきっかけに、カバラ教に目覚めます。
カバラ教:ユダヤ教をベースとする神秘主義思想

出産後、恋人や子どもと一緒にニューヨークのカバラセンターに行く姿がたびたび目撃されるようになりました。
現在でもマドンナは熱心なカバラ教信者であり、マドンナの勧誘によってブリトニースピアーズや、デミ・ムーアなども入団しました。

ちなみに、「悪から守護してくれる」というカバラの赤色のブレスレットを身につけて、1999年のグラミー賞授賞式に出席しています。

マドンナの生き方・生い立ち|40代で作家デビュー!

マドンナのここまでの人生をトータルで考えると、意外と落ち着いていた時期でしょうか。

41歳で出産

当時の恋人だったガイ・リッチー(映画監督)との子どもを出産。

マドンナの才能を受け継いだ長男ロッコ・リッチーはダンスが得意。
マドンナのライブに、始めてダンサーとして参加したのはわずか12歳の頃。

42歳で結婚

長男が生まれてから4か月後にガイ・リッチーと結婚。
これをきっかけにロンドン市内に移り住み、家族4人で豪邸に住むように。活動の本拠地もイギリスに移りました。

ただ、それから8年でガイ・リッチーと離婚します。
ちなみにガイは「マドンナとの結婚を悔やんでいない」とコメントを出しています。

45歳で作家デビュー

2児の母であるマドンナは45歳の頃、「イングリッシュ・ローズィス」シリーズ(全6作)で作家デビューを果たします。
娘であるローデスとその友達をモデルにした物語であり、児童文学でありながらも強いメッセージ性を持つ作品となりました。

48歳:養子を迎える

ガイ・リッチーとデヴィッド・バンダを養子に迎えます。
離婚してからの2009年にはマーシー・ジェームズを引き取ります。

マラウイ(アフリカ)で二人の子どもと養子縁組をしたマドンナ。
この辺りから、学校設立やHIV孤児の保護などチャリティー活動にも力を入れるようになりました。

マドンナの生き方・生い立ち|怒涛の50代

50代以降も精力的な活動を続けるマドンナ。

50歳で映画監督デビュー

50歳で「ワンダーラスト」にて映画監督デビュー。監督、脚本、総指揮などを全てマドンナが務めた作品です。マドンナの人生哲学がダイレクトにこめられた人間ドラマが評価されました。

その3年後には2作目の「ウォリスとエドワード」を公開。
こちらの作品の評価があまり高くないのは、ある意味「ご愛敬」でしょうか……。

55歳でスキンケアブランドをプロデュース

スキンケアブランド「MDNA SKIN」をプロデュース(日本のメーカーと提携)。
このブランドの美容液、美容マシンなどを使ったことがある人も多いのではないでしょうか。

56歳で、20歳以上下のイケメンを恋人に!

ガイ・リッチーと離婚してから、様々な年下男性とウワサになってきたマドンナ。
56歳のときには、「Bitch I’m Madonna」のミュージックビデオに出演した、アブバカル・スマホロというダンサーと付き合い始めます。実に32歳差。

スマホロとの交際期間は3年。
そのあと29歳下のティモア・ステファンズ(こちらもダンサー)と付き合い、子どもにも紹介するほどでしたが短期間で破局。

56歳:コーチェラ・フェスティバルでお騒がせ!

コーチェラ・フェスティバルの千秋楽にサプライズゲストとして招かれたマドンナ。
これだけでも大騒ぎになりましたが、ステージ上でドレイクにキス。

ドレイク曰く「ルージュが不味かった!」とのこと。

57歳:パリでサプライズライブ

パリで同時多発テロが発生した2015年11月。
それからおよそ2週間後に、パリのレピュブリック広場でゲリラライブ。
「ライク・ア・プレイヤー」や、ジョン・レノンの「イマジン」を熱唱。

57歳:長男との諍い

クリスマス休みでロンドンにいたマドンナ。
その元夫であるガイ・リッチーのもとに顔を見せた、長男のロッコ・リッチー(当時15歳)は、「母のもとに戻りたくない」と裁判を起こしました。

その後、マドンナとガイの間で親権争いが勃発。
裁判所は「マドンナのもとへ戻るように」と判決を下しましたが、ロッコはなかなか帰りませんでした。

ですが、後にロッコとマドンナは和解しています。

57歳で来日コンサート(10年ぶり)

マドンナは10年ぶりに日本を訪れ、「レベル・ハート・ツアー」を開催。
日本的な要素を取り入れたオリジナリティあふれるパフォーマンスで人々を魅了しました。

58歳でウーマンオブザイヤーに輝く

受賞スピーチでは「女性は自分と、他の女性の価値をたたえ合うべきである」と語りました。
少し特殊な生い立ちで、そのまま激しい生き方を続けてきた彼女だからこそのコメントですね。

58歳:ウィメンズマーチに登場

女性権利デモ「ウィメンズマーチ」に登場。
「愛の革命」と「団結」を説きました。

マドンナの生き方・生い立ち|60歳になってもお騒がせ!?

全く老いを見せないマドンナ。
現在も人々の心を掴み続けます。

還暦目前でお騒がせ行動!?

60歳目前に、なぜか「ハンドバッグで裸の上半身を隠している画像」をSNS上に投稿。
さすがにファンからも批判が相次ぎました。

60歳:ポルトガルに移り住む

マドンナの次男デヴィッドがポルトガルのサッカーチームのユースに選出されます。
これをきっかけに、恋人のケヴィンと子どもたちと一緒にポルトガルの豪邸に引っ越しました。

映画を製作中

60歳になってから「テイキング・フライト」という映画の制作を始めました。
元戦争孤児の天才バレリーナの半生を描く作品。

60歳:MTEガラで圧巻のパフォーマンス

ファッションフェスティバルのMTEガラでサプライズパフォーマンス。
60歳という年齢が信じられなくなるマドンナの存在感に、多くの人が圧倒されました。

63歳:ドキュメンタリー映画「マダムX」を公開

マドンナのドキュメンタリー映画である「マダムX」が2021年から公開されています。

まだまだ恋多きマドンナ!

今は31歳年下のモデル、ケヴィン・サンパイオが恋人なのだとか。
率直に言って「いつまで続くか分からない」ですが……。今のところ破局の話は聞きません。

きっと70代になっても、80代になってもマドンナは誰かに恋をしていそうですね。

まとめ

マドンナの生い立ち・生き方について紹介しました。しかしこれでもまだまだ彼女の劇的なエピソードの一部しか挙げることができていません。それくらい濃い人生を送っている人物なのです。これからも彼女の活動から目が離せませんね。
「マドンナの曲」をメインとした記事もありますので興味がわいた方はぜひお読みください。

マドンナ公式サイト
https://www.madonna.com/news/title/true-blue-35th-anniversary-edition

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