UKロックとファッションの関係!トレンドの発信源バンドファッション【10分】でわかる

UKロックとファッションの関係!トレンドの発信源!バンドファッション

UKは、いつの時代も音楽、ファッション、サブカルチャーの発信地として、世界中から注目を集めてきました。
特に、音楽とファッションは切っても切れない関係です。

そこで、時代の流れと共に移り変わるUKロックと、ミュージシャンやアーティスト達のファッショントレンドをご紹介します。

目次

UKロックとファッションの関係!トレンドの発信源!バンドファッション

今回は現在のPOP、ROCK音楽に大きな影響を与えた代表的なバンド、アーティストと60年代、70年代、80年代の音楽とファッションをご紹介します。

UKロックとファッションの関係!トレンドの発信源!バンドファッション

90年代以降は、多様化の時代に入り概ね、この30年の音楽がその時代に合わせてリニューアルされ、3〜5年スパンで流行るものが繰り返されてます。

この記事を読んでいただければ、好きなアーティストのルーツを知ることができるかもしれません。

バンドファッションって何?何を着ていいのか、かわからないという方は、今回ご紹介するバンド、アーティストをチェックしておくとポップス、ロック音楽の歴史の基礎をファッションとともに学べます!是非、最後までご覧ください。

ロンドンにモッズ族が誕生

1960年のイギリスは、偉大なミュージシャが次々と誕生した時代でした。

まず、1960年初頭にはビートルズを筆頭にローリングストーンズやザ・フーなどロック・ミュージック界のレジェンド達が次々に誕生しました。

その頃のイギリスは、戦後生まれのベビーブーマーが街にあふれており、ロンドンでは、音楽やファッションを中心としたカルチャー革命が起きていました。

労働者階級の若者達を中心にしたカルチャー革命は、「スィングロンドン」と呼ばれました。

モッズ族のファッションスタイル

UKロックとファッションの関係!トレンドの発信源!バンドファッション

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モッズ(Mods)の語源は、モダン(Modern)だと言われており、モッズ族は、ジャズファンだったと言われています
モッズは、1960年のイギリスに若者達の間で発生し、音楽とファッションが共鳴しあいながら根付いていきました。

■男性ファッション

細身の三つ揃えスーツ、ミリタリー仕様のモッズコートにスクーターがモッズ族の定番スタイルです。
彼らは、スクーターに乗ってカフェバーに集まり、ジュークボックスから流れる音楽を聴きながら、踊ったりおしゃべりをしながら、朝を迎えました。
ジュークボックスから流れてくる音楽は、マーヴィン・ゲイ、スモーキー・ロビンソンなどのR&Bミュージックやソウルミュージック、そしてプリンス・バスターを始めとするブルー・ビート系のジャマイカン・スカなどでした。
モッズブームが広がり、イギリスのバンドであるローリングストーンズやザ・フー、スモールフェイシズやザ・キンクスなどが聴かれるようになっていきました。

モッズ映画

1960年代初頭のロンドンを舞台に若者たちの葛藤を描いた、お勧めのモッズ映画をご紹介します。
1979年公開「さらば青春の光」は、1973年に発売されたザ・フーの楽曲「四重人格」を元に、制作された映画です。
当時のモッズスタイルであった、ダンスパーティー、薬物使用、スクーター、ロッカーズたちとの対立などが描かれました。
元ポリスのスティングもモッズのカリスマ的存在であるエース・フェイス役で、出演しています。

モッズスタイルをチェック!メンズスタイル・ガールズスタイル

モッズメンズスタイル

モッズメンズスタイルのポイントは3つ。 「細身の三つ揃えスーツ」「ミリタリー風のモッズコート」「スクーター」

出典:https://eiga.com/

モッズメンズスタイルのポイントは3つあります。
「細身の三つ揃えスーツ」「ミリタリー風のモッズコート」「スクーター」です。
更に細かく見て行きましょう。

スーツの下にはボタンダウンシャツに細いネクタイ、スーツの上にモッズコートを羽織るというスタイル、またモッズコートの下はフレッドペリーのポロシャツというスタイルも定番でした。

その頃、モッズコートはM-51という1950年代にアメリカ軍が使用していた「PARKA SHELL M-1951」というパーカーの払い下げで、スクーターに乗る時の必須アイテムでした。

スクーターは、ライトやミラーなどで自分好みにカスタマイズします。
グループで走る時は、フェイスと呼ばれる人が先頭に立ち、V字でグループをリードして走ります。

モッズコートは、現在でもカジュアルスタイルの人気アウターです。

1990年を中心に活躍したイギリスの人気バンドであるオアシスのリアム・ギヤラガーも、モッズコートを愛用しています。

モッズガールスタイル

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モッズガールスタイルは、初期と後期では変化が見られます。
まず初期段階では、黒いセーターにパンツルックと、男性的なスタイルが主流でした。

後期になると、黒とは真逆でカラフルで色鮮やかな物に変化し、パンツスタイルからミニスカートになり、フェミニンな物に一変したのです。

モッズスタイル流行以前からミニスカートは存在しましたが、この頃、マリー・クワントのミニスカートが流行し、更に1967年にミニスカートの女王と呼ばれたモデルのツイギーによって、更に人気に拍車がかかりました。

ツイギーの来日で、日本でもツイギー旋風が巻き起こりました。
他にも、フィット感のあるミニワンピースにブーツスタイルや、パンタロンと呼ばれる裾が広がったパンツも人気のスタイルでした。

モデルのツイギーは、ボーイッシュなショートカットに、アイライナーや付けまつげで目元を強調したスタイルで、世界中の女子の憧れの的となりました。

モッズスタイルのバンド

ビートルズのデビューもモッズスタイル

UKロックの代表であるビートルズは、モッズスタイルでデビューしました。
ビートルズと言えば、スーツを着ている姿を思い浮かべる方もいらっしゃると思いますが、当初はロッカーズスタイルでした。

しかし、UKだけでなく世界中で巻き起こったモッズブームに乗っかり、モッズスタイルでデビューをしたのです。

襟なしのスーツは、後にビートルズスーツと呼ばれ、ビートルズが履いていたチェルシーブーツ(サイドゴアブーツ)は、ビートルズブーツと呼ばれるようになりました。

デビュー当時の髪形はクリーンカットでしたが、1960年代になると丸みのあるボブスタイルであるマッシュルームカットになり、日本でも流行しました。

ビートルズは、ファッションやヘアスタイルなど、モッズブームに拍車をかけました。

ローリングストーンズとモッズスタイル

1962年にデビューしたローリングストーンズも、当時のモッズ族に人気のバンドでした。

ローリングストーンズは、R&Bやソウルミュージックをベースにしたサウンドで、現在でも第一線で現役を貫き通し、世界中から支持を集めるバンドです。

デビュー当時は、モッズスタイルでしたが、その後サイケデリック、ヒッピー、グラムロックなどのブームの火付け役となり、ロックミュージシャン達のファッションのお手本となり続けています。

その他のバンド

■ザ・フー

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1969. The year of Tommy. #ThrowbackThursday

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ザ・フーは、1964年にモッズカルチャーを代表するバンドの1つです。

ヴォーカリストのロジャー・ハリー・ダルトリーは、歌手だけでなく俳優としても成功しています。

1969年に発売したアルバム『ロック・オペラ/トミー』は、ロックンロールとオペラを融合させ「ロックオペラ」というジャンルを確立しました。

■スモール・フェイセス

スモールフェイシズは、モッズを代表するバンドの1つですが、1965年のデビュー当時は、世界的には高い評価を得ることが出来ませんでした。

しかし、イギリスでモッズの歴史を語る際には欠かせないバンドの1つで、シングル曲「シャ・ラ・ラ・ラ・リー」「オール・オア・ナッシング」などのヒット曲があり、ファーストアルバムの「スモール・フェイセス 』では全英3位を記録しています。

■ザ・キンクス

ザ・キンクスは、ディビス兄弟によって結成されたバンドで、多くのジャンルの音楽やミュージシャンに大きな影響を与えました。

ザ・キンクスの最大のヒット曲である「ユー・リアリー・ガット・ミー 」は、モット・ザ・フープルやヴァン・ヘイレン、メタリカなど、長年に渡って、数多くのバンドにカバーされています。

ちょい深掘り「You Really Got Me 」

モット・ザ・フープル / Mott The Hoople

ヴァン・ヘイレン / Van Halen

ロックの黄金期のファッション!サイケデリック・ヒッピー

サイケデリック・ロックの誕生

ブリティッシュロック界が最盛期を迎えたのは、1960年代後半から1970年にかけてです。

1960年代のロック界は、ジャズやブルースなどのジャンルが異なる音楽を融合させるブルースロックやフォークロックが誕生し、1960年代末期には、サイケデリック・ロックというジャンルも誕生しました。

サイケデリック・ロックは、1960年代末期のアメリカ西海岸の若者に蔓延していた、LSDなどのドラックによる幻覚を表したものとされています。

サイケデリック・ロックは、ヒッピームーブメントと一緒に、世界中にブームを巻き起こしたのです。

ハード・ロック界をけん引してきたLed ZeppelinやDeep Purpleや、プログレッシブロックの代名詞的存在となるPink Floydが、サイケデリック・ロックでデビューしたのもこの時期です。

そのころ、既に人気バンドとして活躍していたビートルズやローリングストーンズも、サイケデリックな楽曲を発表していました。

サイケデリック・ヒッピーファッションとは

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サイケデリック・ヒッピーファッションのベースとなるのは「ラブ&ピース、自然に帰ろう」という自然回帰の動きです。

例えば、サイケデリックの象徴的な柄であるペイズリー柄は、生命の根源や霊魂などをイメージしたものです。

ストイックなヒッピーの中には、ナチュラル志向が非常に強く、髪の毛は自然なままに伸ばし、裸で生活するという人もいました。

しかし、ミュージシャンやアーティスト達の手によって、ヒッピーファッションという新しいスタイルが広がっていきました。

当時のヒッピーファッションのトレンドとなったのは、花柄や原色を使った派手な色使いの物や、光沢のある生地を使ったもの、東洋や近東から影響を受けたエスニック調のものなどでした。

1969年ヒッピーファッションブームが巻き起こっていた当時に、3日間の日程で開催された、伝説のロックフェス「ウッドストック・フェス」に訪れていた観客たちのファッションをご紹介しましょう。

基本となるのは、ジーンズにプリント柄のシンプルなスタイルでした。

更に、ヘアバンドやエスニックな小物使いで、個々のおしゃれを楽しんでいました。

また、インド綿やフリンジのドレスなども人気のスタイルでした。

サイケデリックファッションの流行

サイケデリックファッションといえば、「Granny takes a trip」が挙げられます。

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グラフィックデザイナーのナイジェル・ウェイワースがガールフレンドのシーラ・コーエンとオープンしたブティックです。

「Granny takes a trip」は、斬新なスタイルで人気を集めました。

例えば、アーリービクトリア調のヴィンテージものの女性のドレスを使って、フリフリのシャツにリフォームするなどの新しいスタイルが注目を集め、レッド・ゼッペリンやローリングストーンズ、ピンクフロイドなど多くのミュージシャンのご用達のブティックになりました。

ビートルズのジョージ・ハリソンや元妻のパティ・ボイドも常連の一人でした。

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1969年にロンドンのハイドパークで行われた、ローリングストーンズのコンサートで、ミックジャガーはビクトリア超のフリフリのシャツで登場しました。

古いビクトリア調の服をリメイクしてダンディに着こなすところは、まさにイギリス人ならでわのオシャレです。

デビュー当時はモッズファッションに身を包んでいたビートルズも、1960年代の後半には、サイケデリックな衣装を着ていました。

「サージェント・ペパーズ・ロンリーハート・クラブ」「イエロー・サブマリン」などの楽曲を発表していた頃は、ガラリとイメージを変えて、サイケデリックファッションを楽しんでいました。

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ハードロックの大御所であるレッド・ゼッペリンも、初期の頃はジェンダーレスの花柄のプリントトップスや、ドラゴンの刺繍が施されたジミーペイジのスーツなど、サイケデリックファッションに身を包んでいた時期もありました。

ピンクフロイドは、初期のシド・バレット在籍時は、サイケデリック・ロックとして活動してきました。

しかし、中心人物であったシド・バレットが、LSD漬けになり脱退した後は、斬新なプログレッシブ・ロックで成功を収めました。

独創的な美学が生んだグラムロック

グラムロックが誕生したのは、1970年代初期のハードロックやプログレッシブロックが最盛期を迎えた時代です。

グラム・ロックのファッションスタイル

グラム・ロックブームの先駆けとなったのは、ボーカルのマーク・ボラン率いるTレックスです。

『電気の武者 』は、デビューアルバムにもかかわらず、いきなり全英チャート1位を獲得しました。

スパンコールやファーを使ったジェンダーレスで華やかなファッションとアイメイク、声も容姿も妖艶で派手なパフォーマンスが、観客を圧倒しました。

デヴィッド・ボウイのステージ衣装を手掛けたのは日本人デザイナー山本寛斎

1970年代は、ロックシーンと東洋の文化の融合が見られました。

山本寛斎は、1971年にロンドンで日本人初のファッションショーを開催しました。

ロンドンにオープンしたショップにデヴィド・ボーイが訪れて、その際に購入した1着の服を気に入った事から、ステージ衣装を依頼し、1972年~73年にかけて行った「ジギースターダストツアー」の衣装を手がけました。

山本寛斎のデザインは、歌舞伎の要素や着物にどくろの図柄を取り入れるなど、斬新な物でした。

山本寛斎がデザインしたステージ衣装の中でも、袴をイメージした衣装の「トーキョーポップ」と呼ばれたジャンプスーツと両性的なニットのワンショルダーニットは、特に印象的で話題になりました。

デヴィド・ボーイは、2016年1月10日に肝癌によって死去されましたが、2017年の春夏コレクションでは、マークジェイコブスやグッチなどがグラムコレクションを発表しており、今もグラムロックファッションは、引き継がれています。

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パンクロックの誕生

1970年代になると、ハードロックやプログレッシブロックに反発するように、パンクロックが登場しました。

パンクロックは、スリーコードが中心の単純なロックンロールを基にしており、ハードロックのような複雑なサウンドや大規模な機材を必要としませんでした。

1975年、パンクロックの代名詞とも言えるセックス・ピストルズがロンドンでデビューを果たしました。

実は、パンクロックが誕生したのはニューヨークのアンダーグラウンドが先でしたが、セックス・ピストルズのデビューによって、パンクロックの舞台はロンドンに移ったのでした。
セックス・ピストルズは、女王をおちょくったり、メディアで暴言を吐くなど、かなりの素行の悪さが目立ちました。

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しかし、これは全て敏腕マネージャーによって仕掛けられた物でした。

このパンクなイメージ作り作戦は、見事に成功し、大人気となりました。

パンクファッションと言えばヴィヴィアン・ウエストウッド

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Today’s read is pretty clear. GET OUT OF YOUR HEAD. It’s the energy of over thinking panic anxiety and interestingly enough the energy of trying to experience a past brainstorm to the point of blocking yourself into a corner. If the book isn’t flowing out of you with ease Or the deal isn’t coming together (think real estate especially) Or your usual creative spark isn’t making sense, A) you’re definitely feeling the day and B) look elsewhere. It is a day of distractions and allowing for them. It’s also the day of BIG FOLLY. Go big. Make the life size Camaro piñata. Start your homage to Picasso’s Guernica on the side of your house. Start your backyard wig factory. Inspiration comes from outside everything that makes sense today. It’s a strong mental and physical brain health day today. Let your logic go on a long vacation. Your gut knows. Glitter and buckled are today’s crystal. #love #spirit #energy #psychic #psychicreading #heathercarluccimedium #medium #medicalintuitive #vivianwestwood #outofyourhead #lgbtq #businessadvice #realestate #glitter #picasso #art #creativity #wellness

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ファッションデザイナーのヴィヴィアン・ウエストウッドは、マルコム・マクラーレンと共に、セックス・ピストルズをデビューに導きました。

マルコム・マクラーレンは、ロンドンのキングス・ロードで「SEX」という名前のブティックを経営していました。

当時、その店に出入りしていた不良少年と店員、オーディションで選んだ少年達に「セックス・ピストルズ」と名づけて、ライブデビューさせたのです。

彼らは、ヴィヴィアン・ウエストウッドがデザインした衣装を着てデビューしました。

その後、パンクファッションが広まり、ヴィヴィアン・ウエストウッドは、パンクの女王と呼ばれるようになりました。

パンクファッションは、高価なブランド品ばかりではなく、Tシャツやジーンズを引き裂いたり、鋲や安全ピン、缶バッチなどの小物使いでオシャレするなど安価な物でも十分コピー出来るため、直ぐに若者たちの間で広がりました。

パンクスタイルの髪形と言えば、モヒカン狩りを思い浮かべる方もいらっしゃるでしょう。

パンク誕生から10年以上も経った1980年代以降もモヒカン狩りは大流行しました。

髪の毛を赤や緑に染めたり、女の子はSMのようなコルセットやボンデージを身に着けるなどして、パンクファッションを楽しんでいます。

ロック界に新たな波が訪れる

1970年代後半になると、ロック界のベテランが解散や活動休止が多くなったことから、パンクロックブームが終焉を迎えていました。

その時、ロックシーンには、新しい波が訪れました。

電気機材を巧みに使うテクノポップ・ダンス系のヒューマン・リーグやデッド・オア・アライブ、、ニューロマンチック系のデュラン・デュラン、スパンダー・バレエ、1970年代パンクの流れをくむポストパンク系のU2やエコー・ザ・バニーメン、そしてポリスやマッドネスらに代表されるレゲエ・スカ・ダブ系などが現れました。

その中でも、特にUKバンドをリードしたのが、カルチャー・クラブ、デュラン・デュラン、スパンダー・バレエ、アダム・ジ・アンツなどです。

スパンダー・バレエ / Spandau Ballet – True
映画で胸キュンシーンによく使われます!!

カルチャークラブのファッション

カルチャー・クラブは、1982年にソウルミュージックなどに影響を受けてデビューしたバンドです。

音楽だけでなく奇抜なファッションやプロモーションビデオなども話題になったバンドです。

1981年にMTVが開局したことによって、PVはセールスツールとして重要な役割を担っていました。

カルチャー・クラブは、上手くその流れに乗って成功した最初のバンドと言われています。

カルチャー・クラブのボーイ・ジョージのトレードマークは、ドレッドヘアとユダヤ教の律法学者が着用する黒のハットでした。

ヘブライ語で「カルチャー・クラブ」と書かれた、丈の長いシャツを着ていました。

デザイナーは、スー・クローズというイギリスの女性です。

彼女は、当時のロンドンのファッションシーンにおいて、欠かせないデザイナーの一人で、ファッションに宗教色を取り入れたパイオニアと言えます。

デュラン・デュランのファッション

1978年にイギリスのバーミングハムで結成されたバンドのデュラン・デュランは、ニューロマンチックを代表するバンドです。

当時、女性から絶大なる人気を集めていました。

オシャレにもこだわりがあったデュラン・デュランは、デビューシングル「Planet Earth」のPV衣装を、自分たちの手で探していました。

その時、彼らの地元バーミングハムに店を構えていたKahn & Bellを発見したのでした。

彼らが求めていた、ロマンチックで洗練されたデザインは、斬新でまるで貴公子のようでした。

デュラン・デュランによって、フリルのついたブラウスやサルエルパンツ、サッシュベルトなどは、ニューロマンチックの象徴となりました。

ニューロマンチックファッションの流行

ニューロマンチックの流れから、パンクファッションのパイオニアであるヴィヴィアン・ウエストウッドが、アダム・ジ・アンツに代表されるパイレーツ・ルックを発表し、ニューロマンチックにシフトしました。

当時、ロンドンのコンベントガーデンにBlitzというクラブがありました。

Blitzは、ニューロマンチックの発信基地となり、ボーイ・ジョージを始め、スパンダー・バレエ、ヴィサージのメンバーなど、超有名ミュージシャンやアーティスト、デザイナーたちが集まっていました。

その後の音楽とファッション

1990年代以降は、インディーズ系が多く出現した事から、音楽も流行に左右されることなく、自らが選ぶ時代になりました。

1990年代にアメリカで起こったグランジ以外には、大きなブームが起こることはなくなりました。

また、ファッションは、1990年以前のトレンドに多少の手が加えられる程度で、以前流行した物から繰り返しブームがやってくるようになりました。

まとめ

UKロックとファッションの移り変わりと関係について、ご紹介してきました。

UKロックとファッションは、融合しながら共に大ブームを巻き起こしてきた事がわかります。

バンドから流行のファッションが生み出されたり、人気のバンドが流行のファッションを取り入れるなど、様々なパターンがありました。

UKロックが生み出した歴史を知ることで、更に音楽とファッションを楽しむことが出来るのではないでしょうか。

UKロックとファッションの関係!トレンドの発信源!バンドファッション

ABOUTこの記事をかいた人

CHIHIRO

専業主婦でライター。子供がまだ小さいので、作業は夜。ひとりの時間に浸りつつ「音楽」「映画」を中心に「ライフハック」に関わる記事をお届けしております。